![]() そういえばこないだ、初めて吸ったパイプたばこの味、ぜんぶドクターペッパーみたいって書いたけど、いま思うと、それは吸いかたのせいみたいだな。けむりの味覚をドクターペッパーに例えたのは、つまり変わった香辛料入りの清涼飲料水のような不思議なすっぱさを感じたからなんだけど、どうもそれはけむりで舌がピリピリしたことを酸味と取っただけのことだったようだ。ホントはそんな味ではないみたい。 たばこの味とか香りとか、なんだかわけわかんないなあ。これが食べ物だったら、食べる速度や食べかたで味が変わったりするものって、あんまりないと思う。ごはんを急いで食べてもゆっくり食べても、たぶんごはんの味がすると思う。ラーメンでも、あんまりゆっくり食べていると、ちょっとのびるけど、やっぱりラーメンの味には変わりないもんなあ。あ、かき氷は、ゆっくり食べていると、薄めのシロップになっちゃうか。でも、味はそんなに変わらない。だけどパイプたばこは、その吸いかたで、味がぜんぜん違ってしまう。 あれからいろんな種類のパイプたばこを試しているんだけど、ときどきすごく美味しく感じるときがあるかと思えば、すべてがまたドクターペッパーの味になってしまうときもある。ぜんぜん違う味のたばこを買ってきているはずなのに、ぜんぶ同じ味になってしまったりする。まいったなあ。 どうも強く吸いすぎると味や香りが壊れてしまうようなのだが、それを充分注意してくゆらせているつもりなのだが、まだ不充分なのだろう。5回に1回くらい、すごく美味しい味と香りがして、やっとつかまえたこれがパイプたばこのだいご味かと嬉しくなるんだけど、すぐまた舌をすっぱく刺激するだけの味にもどってしまう。何度もチャレンジしていると、舌がピリピリ痛くなってきて、味とか香りとかいってらんなくなってしまう。 たしかに素晴らしい味があるはずなのに、なかなかそれに近付けない。逃げ水追いかけてるみたい。眼球のはじっこについたホコリを見ようと、目玉をぐるぐる回すと、ホコリもぐるぐる逃げてっちゃって、ちゃんと見ることができない、そういうもどかしい状態にあるのがいま。じれったいから何度もチャレンジしてしまうんだけど、そうすると、2本しか持ってないパイプを休ませる時間なんてほとんどないわけだから、やっぱり味は落ちていくんだろう。それにパイプを傷めるかもしれない。 やれやれ。 だいたいけむりってのはつかみどころがない。砂糖は甘い。塩はしょっぱい。そういう粉になってれば、なんとなく実体があるから納得できるんだけど、けむりってのはどこにあるんだろうなあ。わかんなくなってきた。けむりも集めてかためれば、タールかなんかになるんだろうけど、そのタールをそのまま舐めたら美味しいたばこの味がするのかなあ…。そういうもんじゃなさそうだしなあ。やっぱりこれ、マボロシを追いかけてるような気がする。 パイプたばこを上手にくゆらせられるようになるには、それなりに修練が必要だそうだが、練習してどうなるかというと、吸う本人がたばこを美味しく感じるということだけだ…。普通、修練といったら、たとえば料理をがんばったとして、やがて料理が上手になったあかつきには、だれかともだちにでもごちそうして、喜んでもらうことができるだろう。何人ものひとの舌を喜ばすことができたら、それはお料理修行の成果として、なんとなく実体のある喜びという気がする。だけどパイプたばこの修行ってのは、本人のみに感じられるものだから、努力したところでだれが喜ぶわけでもない。じぶんにしかわからない体験でしかない。やっぱりマボロシなのか…。 んー、でもただの個人的な幻覚ってわけではないようだ。パイプ喫煙に習熟したひとたちは、バニラとかラム酒とか、いろんな香りをききわけられるようだから、たしかにどこかに答えはあるんだろう。それぞれのパイプたばこをブレンドしてつくったひとたちが、こういう味を感じてくれよと願った味がどこかにあるはずなのだ。ぜんぶ同じドクターペッパーの味ではないはずだ…。 ああ、わかりてえなあ…。 |
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