キセル(煙管)
 おれが小学生だったころ、30年くらいまえのことだと思うんだけど、親戚のあいだで空前のキセルブームがあった。おれは子どもだったから、そんな様子を眺めていただけなのだけど、煙草呑みのおじさんおばさん若者たちが、みんなしていろんなキセルを試しては、あれこれ語り合っていた。みんなが集まるその親戚のうちに行くと、長いキセル、短いキセル、いろいろあった。
 キセル用の刻み煙草もあったけど、普通の紙巻き煙草を小さくハサミで切っては、キセルに装着して吸ってるひともいた。灰皿をのぞくと、ころころとした毛玉みたいなちいさなおだんごがいくつもころがってて、それはキセルの吸い殻だった。

 おれが初めてキセルを試してみたのは、いまから10年くらいまえかなあ、まんがの仕事で、川津弘臣に一晩手伝いに来てもらったとき。煙草は吸わないはずの川津なんだが、煙草のかわりに、キセルを始めてみたっつって、20センチくらいの時代劇に出てきそうなキセル持ってきたから、おれもちょっとそれを吸わせてもらったわけ。
 キセルってのは、普通の紙巻煙草にくらべて手間のかかるもののようで、火をつけるまえに、なんだかんだと管の掃除をしたりしてた。ひととおり、そんな面倒な作業が終わると、刻み煙草をまるめて雁首につめて、はいどうぞって、渡してくれた。はいどうもって受け取ったのはいいけれど、おれにしてみりゃ初めてのキセル、よくわからないままに、とりあえず吸い口をくちにくわえて、火皿にライターの火を近付けておそるおそる吸ってみる。煙りが出てきたと思ったら火が消えた。あれ、いまのはなんだったんだろうって不思議に思って川津をみると、はい、いまので一服だよっつって、川津のやつ、いそいそとキセルを片付けちゃった。えーっ、キセルって、こんなもんなのおっ?? そうだよこんなもんだよ。
 さんざん手間かけて、火をつけて、いっかい吸ったらそれでおしまい。たったそれだけ。キセルってすごい!!


 キセルについてのおれの思い出ってのは、まあそれくらいのものなんだけど、最近になって、またあらためてキセルが吸いたくなってきた。
 その理由はいろいろある。いろいろの理由のひとつひとつをここで文章にしようと思ったんだけど、いろいろの理由が複雑にからみ合っているので、文章力のないおれには説明がむずかしい。世の中とか時代とかじぶんとか、そういういろいろの理由を総合的に考察し、導き出された結論として、これからは紙巻き煙草よりも、キセルのほうが楽しいかも知れないっていう気がしてきたのだ。
 くにたちの煙草専門店サンモークで、ちいさな今様煙管の「小粋」っていうのと、これまた「小粋」という名の刻み煙草を買ってきた。どっちの名前もなぜか「小粋」だ。キセルの「小粋」は、ちいさくてオール金属製で分解できるキセル。いわゆる時代劇っぽい大きなキセルだと、喫茶店などでかなり目を引きそうだし、和服でも着てれば似合いそうだが、現代人の日常生活のなかで、その大きな存在感を持て余してしまいそうな気もするので、まずはちいさいもので試してみようと思ってこれにした。オール金属製だから、気を使わず、水で洗えそうなところもいい。
 刻み煙草の「小粋」ってのは、キセル用の煙草で、現在これしか製造されてないらしい。キセル用の刻みってのは、とにかく刻みが細かい。ギュッと箱につめてあるけど、つまんで出すとフワフワになる。面白い。
 味はどうか。10年まえ、川津にもらった一服は、あまりに唐突で味まではよくわからなかったのだが、あらためて一服ふかしてみると、じつに美味い。煙草の味について詳しくないのだが、一時期ジタンというフランス煙草が気に入ってたことがある。じつに煙草らしい香りで好きだったのだが、それに近い印象を受けた。ここ数年、軽い煙草ばかり吸ってたからすっかり忘れていた煙草のうま味を再発見したというかんじ。

 インターネットで調べてみたら、けっこういろんなひとが、キセルの良さについて語ってるのをみつけた。紙巻き煙草にくらべて、美味い。経済的。フィルターのゴミが出ない。吸いかたにもよるけれど、紙巻きより健康面での害が少ないかもしれない。その他いろいろ。
 おれはまだまだキセル初心者なので、なにかいえるほどよくわかってはいないけれど、いまのところ気に入ってる。



  

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